多田夏雄の美術紀行

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シュールレアリスム論からのエッセイNO,439 シュールレアリスムの技法 フロッタージュの森22

2015年 08月30日 00:01 (日)

哲学と理化学、文系と理系、そんなにすっぱりと切り離せるのでしょうか。
古代ギリシアにおいて数学や幾何学は哲学の領域でした。
中世以降もこれは続きます。
哲学者ライプニッツは数学者でもありました。
アリストテレスはどちらかといえば理系の人です。
「ものの真理を追及すること」が哲学なのだとすれば「理系」だって同じです。
実は同じ「物体」を違う方向から見ているだけなのです。
ただ、「理系」の人は言葉の代わりに「数式」を使います。
ですから「数式」を「科学の言葉」と呼びます。
一方、「哲学」は本当の「言葉」を用います。
言葉は使う国によっては少しずつ「差異」が生じます。
まったくイコールで結ばれることはそう多くありません。
基本的な数詞などは表記が違うくらいですが、数学は「科学の言葉なのでブレにくい」のです。
一方「色」とかになるとやや「ブレ」だします。
「月がとっても青いから」という歌があります。
「コバルトブルー」の月ってあるのでしょうか?
つづく

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

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